2015年10月11日日曜日

けいじのブログファンが伴侶の英会話友達にいた、「わたみん家」にて会食する

昨夕、伴侶の英会話友達Aさんを迎えて京成大久保の「わたみん家」にて外食することになりました。(20151010)
Aさんがけいじのブログの愛読者だというので、伴侶がセッテイングしてくれたのでした。
伴侶との外食は9月18日の「旬菜処たけ」以来です。
3女があこちゃんをムコ殿に預けて単身で出張してきていたので、遅ればせながらの誕生日会をしてあげたのでした。
みちのく一人ドライブ前で慌ただしかったため、今になって採りあげているしだいです。
脱線しましたが、「わたみん家」に話を戻します。
Aさんは手元に置いていたiPadで「けいじのがらくた話」を開いていました。
画面に前日アップした幼少期の写真が出てきたので、その写真について、またレシートからみた旅費以外の支出テーブルも出てきたので、それについても、どのようにして作成したかを熱く語らせてもらいました。
その他にも、百田尚樹さんの本『大放言』の新聞広告に「・私生活をブログに書いて何になるのだ」という文章を見つけていたのですが、同じような話がでたので、最近考えている次のようなことをまくし立てていたようですわ。
◆グーグルがやっている情報のオープン化が平和につながっていくのだという説を引いて、みんなが私生活をブログでオープンにして隠し事がなくなっていけばトラブルが減っていくのではないか。
◆全ての新車にドライブレコーダーが搭載されてそれがビッグデータとして蓄積されるようになって、警察当局がそれをウォッチできるようになれば、どこで違反運転が録画されてしまうかわからないので、無謀運転に歯止めがかかっていくのではないか。
トヨタが燃料電池車の特許を開放したけど、特許等も資本主義体制のなかにいるから、お金儲けができるから、オープンにならないけど、全てをオープンにしてしまえば、世の中の進歩がもっと加速され、便利になるのではないか
◆下重暁子さんの本『家族という病』の序章に「ほんとうはみな家族のことを知らない」を例に引いて、自分も父親、母親が何を考えていたのかをあまり知らなかったし、既に他界しているので、今回の自分探しの思い出旅でも聞くに聞けないのが残念だったとして、父親が、はたまた、じいじがどんなことを考えていた人なのか、どんな人だったのかを娘たちや、孫たちが知りたくなったときに紐解けるよう記録(自分史)をブログに残しておくのがいいのではないか。
久しぶりに熱弁をふるったせいか、男前大生だけでは足りず熱燗の大も飲んでいましたね。
自分の考えを熱心に聞いてくれる人を得て楽しいひとときが過ごせましたわ。
帰ってからも仕上げに焼酎を徳利に入れて仏壇にお供えしたあと、お湯を足してお猪口でいただいたほどテンションがハイになっていましたね。
セッテイングしてくれた伴侶と熱心に話を聞いてくださったAさんには心から感謝していますわ。
ほんまに有り難いことです。
ありがとうございます。

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